〈鶴嶺・上〉エース上川と頼もしい仲間たち。初戦を勝ち抜き、目指すはベスト8
野球の神様はいたずらだけど、時に粋な計らいを見せる。この夏の鶴嶺は、初戦で横浜隼人と横浜平沼の勝者と対戦する。昨夏の4回戦のリターンマッチが、1年後に実現する可能性が出てきた。
(文・写真/久保弘毅)
横浜隼人との好勝負
昨夏の4回戦で鶴嶺は横浜隼人と対戦。当時2年生だった上川洋瑛の好投もあり、息詰まる投手戦になった。
横浜隼人の強力打線を相手に、上川は真っ向勝負を挑む。強い真っすぐを内外にしっかりと投げ分けていた。左打者のひざ元を削るような縦のスライダーも効果的だった。右の強打者にはチェンジアップを織り交ぜるなど、考え抜かれた配球でスコアボードに「0」を並べていく。6回終わって0対0。強豪私学に勝つには「これしかない」と言っていい試合展開に持ち込んだ。
打線は、3番の田野歓太朗が当たっていた。真っすぐで押してくる相手に、右に左に2安打。
「真っすぐは得意だし、隼人戦の前に150km/hのマシンで目を慣らしていたので、当日もいい感じで打てました」
力勝負でねじ伏せてくる相手にも、2年生の主砲は負けていなかった。
試合が動いたのは7回裏、1死二塁からのショートゴロを、2年生の遠藤寛が一塁に悪送球。横浜隼人に1点が入った。続く8回裏にも横浜隼人は1点を追加し2対0。エース上川が最後まで投げ抜いたが、鶴嶺は惜しくも敗れ4回戦で姿を消した。
エラーが決勝点になった遠藤は、夏の大会後に「野球を辞めます」と言うくらい思い詰めていた。山下大輔監督は「一塁への悪送球ではなく、あの場面で三塁に送球してアウトを取れる判断力をあと1年で磨いていこう」と声をかけた。
チームメイトも「あと1年、最後まで一緒に高校野球をやりきろう」と、遠藤を励ました。遠藤は当時の状況を照れ臭そうに思い出していた。
「チームメイトに愚痴ったこともありましたけど、みんなが励ましの動画を作ってくれたり、普段から声をかけてくれたりしたおかげで、精神的にも落ち着いて『もう一回やろう』と思えるようになりました」
遠藤だけではない。上川も他の選手たちも、横浜隼人戦の悔しさに向き合い、その後の1年を過ごしてきた。